自分の軸
みんなそれぞれ軸があると思います。
自分の軸がなんだかわからない人もいるかもしれませんが、何かやっているときに、違和感を感じる場合それはたぶん自分の軸とは違うものなんだと思います。
軸をシフトさせていくことはあってもいいけど、軸を捨ててはいけないと思います。
自分が自分たる所以は大切にしたいものですね。
みんなそれぞれ軸があると思います。
自分の軸がなんだかわからない人もいるかもしれませんが、何かやっているときに、違和感を感じる場合それはたぶん自分の軸とは違うものなんだと思います。
軸をシフトさせていくことはあってもいいけど、軸を捨ててはいけないと思います。
自分が自分たる所以は大切にしたいものですね。
類似企業比較法でマルチプルを算定する時や、WACCでレバードβに修正するためにD/Eレシオを求めたりする時に、「平均値」と「中央値」の両方を用います。
そもそも中央値ってなんぞやっていうと、
中央値(ちゅうおうち)(median) とは代表値の一つで、有限個のデータを小さい順に並べたとき中央に位置する値。たとえば5人の人がいるとき、その5人の年齢の中央値は3番目に年寄りな人の年齢である。 ただし、データが偶数個の場合は、中央に近い2つの値の算術平均をとる。中央値の事を、メディアン、メジアン、中間値とも呼ぶ。
ということで、データ値のうちちょうど真ん中のモノのことです。
他にも参考になりそうな情報として、
「平均のひとつ覚え」から卒業 ~社会人なら知らなきゃ恥ずかしい統計の基礎知識
類似企業が5社しかない場合に、意味のある代表値が出るのかは甚だ謎です。
この企業のマルチプルはX倍ですと言い切るのは結構恐いもんですね。
試験では100点が明確に定義付けられているので、やろうと思えば100点を取ることも可能。
しかし、仕事はどうあがいても満点は取れません。
本番まで如何に穴をなくそうかと頑張っても、探せば穴はたくさんあるし、そもそも網羅性を確保しようとしたらキリがない。
ということで、どこかである程度の割りきりが必要なんでしょうね。
また、本番でのとっさの対応というのも非常に大事で、何があろうと、1秒前まで考えていなかったことを聞かれてもすぐに意見をいえるというのは大事ですね。
本筋と基本的なところを正しく説明できれば、瑣末なところで少しくらいミスがあっても挽回は可能なようです。
満点は取れないが、信頼を勝ち取るのが大事ですね。
それとスタッフとの協同方法もまだまだ課題がありますね。
指示とレビューとを効果的にやらないと、自分の気付かぬところで大きく穴が空いて居たりしますので。
ただし、自分だけでやるよりは、任せられるところはどんどん任せていかないとチームとして成長していかないので、取り戻せる範囲での委任はしていったほうがいいのでしょうね。
時が経ってから振り返ってみれば、記憶はいい様に変化しているし、記録も穴だらけだから、それを埋める自分の想像力はやっぱ都合のよいように解釈してしまう。
そうであったとしても、当時は本当にいっぱいいっぱいの時間を過ごしているときもあるわけで、後からそれに講釈を垂れてもしょうがない。
解釈ではなくて、事実から影響を受けて今がある。
解釈ってのは、所詮は後から見ている視点であって、事実そのものは既に血肉となってしまっているからそれに違和感を感じないのだ。
そうしなきゃよかったよと思う出来事を後悔というんだが、後悔先に立たず。
当然だが、前もって後悔ができるなら、それは前悔になってしまうじゃないか。
—
いずれにせよ、その時は一生懸命だったのです。
たとえ、本人が力を出し切ってないとか言っていても、力を出せないそれがそのときの限界なのでしょう。
お金が十分にあれば働く必要がないか。
たとえば、資産収入がたくさんあって、普通に生きる分には全く困らないだけのお金があるとしても、それでも働きたいと思う人は意外と多いかもしれない。
働くことは、どうやら社会とつながるということらしい。
社会から認めてもらうこと。
だから、自分のやっている仕事が社会の中でどんな意味を持っているのか、いやむしろ意味なんかないのではないかと思うことは、長時間労働よりずっと辛いのではないか。
長時間労働自体、まあ大変なところもあるのだが社会的な意義を自分が納得できるなら意外となんとかなるのではないか。
意外なほどに社会的な存在なのかもしれない。
—
端から見ていても明らかなほどに高みを目指して生きている人が時々いるが。
まあ、各人の自由なのだけど。
生き急ぐ理由がイマイチわからないのは世代間ギャップなのでしょうか。
あまりにもまっすぐに引きすぎた線は、少しでも曲がるのを避けるが如く。
全てのことを糧にしたいらしい。
プレゼン続いてます。
いつもそうなんですが、初めて作るものってのは出来上がりのイメージがわかないのでなかなかとっつきにくいものです。
一度作ったことあるものや、似たものを見たことあるものはさらっと流せるんですけどね。
終わりは見えませんが、とりあえず金曜日の山に向けてどこまで届くかですね。
その間にもう1つ小さな別の山があるんですが、それをやる時間がない。
後輩やスタッフさんに如何に手伝ってもらうかが肝心なのかもしれません。
誰かに何かをやってもらうときは、指示次第でかなり出来栄えが変わってくるので、作業を効率的・効果的にやっていきたいものです。
企業結合会計の対価柔軟化載ってないなーと思ったら、改定されているようですね。
19年度版の六法では力不足かと。
とはいえ、20年度版を買う気にはならないなあ。どうせ使うところは限られているし。
どうにかしてPDFをゲットしなくちゃ。
会計処理と税務処理の両方を追いかけ続けるのもなかなか大変なもんです。
最近の素朴な疑問は、会計と税務がわかっていないFAがスキームの提案を金額を含めてできるのかってこと。
金融商品と企業結合と連結と税務に精通していて、仕訳が瞬時に思い浮かぶようなFAになかなか出くわしません。
ディスクレーマーに会計・税務に関する部分の相談は専門家にしてくれって書くのはいいとして、そもそものアタリ自体がとんでもなく間違っている場合は会社をミスリードすることになるわけで、大変恐いことです。
背水の陣はかっこいいように見えますが、短期決戦ならまだしも中長期的になにかをやろうとするならば、背水の陣ではもたない。
逃げ道があること、それが心の余裕となることが実は結構大事だと思う。
それぞれやばくなった時に何かよりどころになるものがあるというのは大事なんだろうね。
それが唯一の道だと思うから視野が狭くなってしまう、それがただひとつのものだからと思うから萎縮してしまう。
まあ、とりあえず今はその道を行くのだが、それ以外にもいろいろあるんだよってこと。
自分の軸をずらしてまでもやるべき事なんてそんなに多くは無いと思うのですよね。
できるようになってきたかと。
1年ちょっと経ち、ようやく全体像が掴め始めてきた。
そこで振り返ると、かつての自分はなにょーなっていたのかと思う。
非効率なことが多かったし、ただ遅くまで会社に居れば良いわけじゃない。
大事なのは、ストーリー。
プレゼンで相手を納得させるだけのストーリが描けなければならない。
そのためには、パーツで細かいところでも議論の対象は潰しておかなくちゃ。
相手のニーズに合わせて、手許に何も無くとも最適のスキームを口頭で答えるとかそういうのは、実際に経験を積まなければできない。だから経験はお金を払っても買うべしって事になるかな。
まあ、その経験はいつかは実現させなければ収益にならないのですけどね。とりあえず、いまは仕掛品をつくるべく努力しようと思う毎日です。
—
組織法上の行為は、定められた手続を経れば一定の効力が生じますが、その手続に瑕疵があると無効になるリスクがあるようで。
特に、債権者保護手続ってのはやっかいで定められた期間と方法でもって保護してやらなくちゃならない。
例えば、100%子会社を吸収合併するときであっても、債権者保護手続は所定の期間が必要のようです。
また、子会社を吸収合併する場合等、略式合併や簡易合併の要件(会社法784条、同法796条)を満たすケースであれば両社の株主総会決議を省略できるのに対し、債権者保護手続については、例え債権者が1人もいなくても、省略することができません(債権者が1人もいなければ個別催告は当然不要ですが、1ヶ月の期間を設けた官報公告は必要です。)。
たぶん、これは債務の網羅性の担保と関連があるんでしょうね。というのも、会社の帳簿上では債権者が誰もいなくても(借入金が無くても、買掛債務が無くても)、それはたまたま帳簿に漏れがあって簿外債務があるかもしれない可能性を考慮に入れているのかと。
なんだかちょっと監査の考え方を思い出したりしました。
監査要点に何があったのかは既に忘れつつありますが。。。
事業再生的な仕事に絡む。
オーナー企業の社長は、ワンマン社長であることが多くて、その従業員らは社長に逆らえない。
社長が命令する、従業員たる部下はそれに従う。
だが、こんな時代でワンマン社長の意思決定の全てが正しいわけも無く、やがて企業は凋落し、ワンマン社長は身売りしてクビになる。
残った従業員は指示されることにあまりにもなれすぎて、自ら考えることをしない。
かつては考えてはならず、ワンマン社長の言うとおりに行動するコマであったわけで、その司令塔がいなくなったらコマは自ら動けない。
そもそもどう行動すれば正しかったのかはわからないけれども、ワンマン社長の言いなりになっている従業員しか居ない会社はまずいなと思った次第です。
100億円持ってたらどうやってそれを増やそうか。
さて、どうやって増やしましょう?
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貯金?株式投資?投資信託?不動産?
財テクでこれを増やそうと思う人間はビジネスに向いてないかも。
一方、100億で何か商売でもはじめて、いくらを設備投資に、いくらを運転資金にと考えてこれを増やそうと思う人が起業家向きかも。
ここで大事なのは、「100億あったら」という貸方側の調達サイドの話と「どうやって増やそうか」という借方側の運用サイドの区別かな。
宝くじに当たって全部お金使ってしまって、むしろ借金まみれになるのは運用サイドのスキルがないのに調達だけしているから。バブル期の日本企業が金余りで使い道が無くて不動産を買い漁ったようなもの。
たぶん、運用サイドの考え方っていうのは資金規模が大きくても小さくても基本は一緒。
例えば商品を仕入れて売るという単純な行為も、「仕入=投資、売上=投資回収」と考えられる。
ビジネスがやりたい、でもお金が無いからできないというのは、調達サイドと運用サイドをごちゃ混ぜにしている、というよりそもそも調達と運用という区別がないと嵌る誤謬かもしれない。
自分の身の丈にあった調達方法で資金を運用してビジネスを展開する。無いものをねだっても仕方ないから、あるものを使ってとりあえず何ができるか考えてみたらいいと思う。
資金の調達スキルってのは何とかなるけど、ビジネスによる資金の運用スキルってのは一朝一夕には付かないし、座学・机上で考えてても実際のところは掴めないと思う。
そして、運用スキルはどんなにお金を払ってもスキルだけを単体では買えない。それはもちろんスキルが人に帰属してるものだから。だから、運用スキルを求めて企業は他社をM&Aによって買うんでしょうね。運用スキルを編み出す時間が無いからそれを知っている集団を丸ごと買ってしまおうとね。
蛇足で、ホリエモンは、「お金で買えないものは無い」と言ってたけど、お金でノウハウそれ自体を買うってのはできないと思う。ノウハウを持っている企業を買ったり、人材を引き抜いたりはできるのだけど、自分がノウハウを身に付けたければ脳と身体に染み込ませるべく動かなくちゃならない。
そんなわけで、企業ですらなかなか新しい運用スキルは考え付かない・身に付かないのならば、一個人がそれを身に付けようってのは相当しんどい作業かな。少なくとも断固たる決意が要るかと。
片や、そういうスキルを身につけるのが面倒だとか、思いも付かないから、私を含め世の中のたいていの人はお金を貰うために労働するんでしょうね。働いていればとりあえずお金はもらえる。けれど、一生運用スキルは身につかないかもしれない。とはいえ、何が当人にとっての幸せかはそれぞれだから労働一本やりでもそれはそれでいいと思ったりするのが最近の心境。
Ibankerの付加価値は、突然の電話での質問に即答すること。相手の疑問が冴えなくても、本質が何かを汲み取って、質問を適確にずらしてあげて答えを導く。
一度やった話はだいたい覚えているし、論点になるところはおおむねどのクライアントも同じ。
最初にやるときはそんな細かいの知らないよというところも、血となり肉となり。
—
適格・非適格の議論、合併と株交でちょっと違うんですね。
何が違うかは→株交みなし配当
いろんな種類の仕事がありますが、
・スキーム論
・複雑なValuation
は面白いですね。
逆に、インフォメモ作成とかDD補佐とかはあまり好まないかも。
どっちかっていうと買い手につく方が面白いんですよね。
ファンドのIRRは20%とか30%とか。
すごいリターンです。3年で倍増くらいの勢いだったり。
ファンドがなんでそんな高いリターンを得られるか、それは安く買って高く売るから。
なぜ高く売れるかといえば、ダメな企業を買って改革して売るから。(一概には言えないけど、概ね)
話を聞いてると、やっぱ実行する方が面白そうだけど。
とはいえ、大変なんだろうね。
アドバイザーは、アドバイスするのが仕事で実行はしないのが物足りない最近です。
机上でIRRが30%でました→だからなんなんだよという感じ。
30%出すためにホントに数値をつくるのは現場ですから。
「こんな仮定だと、こんなIRRです」
なんて、まるで計算機。
基本、丸投げして下さい。
—
プロジェクトによれば、プロマネと二人ジョブ。
そういう場合全部丸投げが基本。
そうなると、全部やるわけだが、むしろそっちの方が面白い。
中間に他者がはいるとやりにくい。パーツ丸投げになり、統合は中間者がやるから。
ということで、できれば中間者にも全部丸投げしてもらうようにしようと思う。
この仕事、ノウハウも人脈もとりあえずは人に帰属してる。だから、自分が第一線に立たないとノウハウも人脈も掴めない。
矢面に立つのは、緊張するとこもあって、自分がミスったら基本自分のせいだから。だけど、そういうのがないと成長もしないかなと。
というわけで、基本丸投げして下さいのスタンスで行きたいです。
—
だけど、さすがに10個もプロジェクトが重なると何がなんだか。
そういう時は、いくつかを静かにフェードアウトして中間者にお任せしてしまってます。
逆に丸投げ状態ですが。
仕事は小分けにするよりは、互いに丸投げしあう方がいいと思うんですよね。
ただ、卵を同じかごに入れている状態→けん制のきかないハイリスク状態になるのが問題ですけど。まあ、それはなんとかカバーしてってことかな。
冬物のスーツを1着、コートを2着、ジャケット2着、部屋着1着を捨てた。
心なしか、クローゼットにゆとりが出た。
捨てる前はもったいないと思っていた。捨てた後ももったいないと思う気持ちはあるけれども、よく使い込んでモノの寿命を果たしたのだと考えればいいのだと思うようになった。
相対的に物持ちがいい方だと思うが、そうなると捨てる機会がなかなか訪れない。
身体に代謝が必要なごとく、持ち物にも代謝は必要なのかも。
元会計士の田中氏のブログはよく目を通すけれど、捨てるをテーマに興味深い記事を書いていたのでリンクを貼っておく。
捨てるという行為の補集合は「捨てない=とっておく」ということで、何かを捨てるのは何かを実は選んでいるのかもしれないと思ったり。
歳をとると時間を短く感じるのを法則にしたもの。
例えば、
50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。 よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間である。 1歳の人の1日が50歳の人の50日にあたることになる。
ということで、歳をとれば取るほど、次の単位あたり時間の過去の時間に含める割合が少なくなることを言うみたいです
サラリーマンの節税法は限られています。贈与の規制もいろいろあります。
所得税っていうのは自分の懐に直結するんだけど制度がこんがらがっててあまりよくわかってません。
まっ、時間があるときにいろいろ調べてみようかなと思います。
そういや、東京の桜はだいぶ葉桜になってしまいましたね。花見ができない職業から花見ができる職業になっても、結局花見しないんですわね。もっと自然を満喫しよう。
今日から新年度、社会人になって○年目ということで、気合を入れなおさなくちゃ。とても新人といえる年じゃないからねえ。
サブプライム以降、MAディールも小粒になってきています。
2007年度に日本企業のかかわったM&A(合併・買収)の総額が5年ぶりに減少に転じた。米住宅問題をきっかけとした金融市場の混乱により、下期になって買収資金の借り入れが難しくなったうえ、景気の先行き不透明感から見送り姿勢も強まった。自社株を対価に買収できる「三角合併」が昨年5月解禁され、買収案件が増えるとの予想もあったが、実際には低調だった。
M&A助言のレコフ(東京・千代田)の集計によると、07年度に発表された日本の上場・非上場企業のM&A総額(交渉中も含む)は前年度に比べ28%減の10兆900億円だった。上期は前年同期を上回っていたが、下期は前年同期の半分近くに急減した。
マーケットが落ち込む可能性があるということで、真価が試されるのかもしれませんね。
案件のコントロールと組織の立ち位置。
適材適所の使い道を考えて行きたいものです。
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