やらないことを決める
一年の計は元旦にあり、今日は全然関係ないけど、計画を立てるときにはやることを決めるんじゃなくて、やらないことを決めるのが良いみたい。
二兎を追うものは一兎も得ず。
一挙両得とはいきますまい。
一年の計は元旦にあり、今日は全然関係ないけど、計画を立てるときにはやることを決めるんじゃなくて、やらないことを決めるのが良いみたい。
二兎を追うものは一兎も得ず。
一挙両得とはいきますまい。
らしい。
帰りのタクシーの運転手談。
遊ぶのは年取ってからも可能だってさ。そりゃ、どうだかね。
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それはさておき、今日はモツ鍋行きました。
抜け出しのモツ鍋です。
もっとゆっくりしたかったのですが、あれが最長ってところでした。
あまり仕事ばかりしすぎると遊んでくれる人が減るので、何事も適度がよろしいようで。
まあ、3時間くらい抜けたってなんとか挽回できるというか、挽回するようにしなくちゃね。
タフな仕事をしていて、それでも良かったなと思える瞬間が時々ある。
初めて名刺交換したひとが、彼の部下を通じて自分の活躍を聞いていて感謝を言ってくれること。
何気ないことなのだけど、やる気回復です。
自分の喜びの源泉を知るいい機会に。
存在意義は大事です。
自分の仕事がいったい何の役に立つのかというのを理解しているのとしていないのとでは、やる気に雲泥の差が出ますし。
クライアントとの利害の一致と、役立つことが直接的にわかるというのが良いですね。
口先だけの感謝であるとしても、それで自分がいい気分になれるのなら、それもまた真実だってミスチルも歌っていたような気がします。
そういう意味で、言葉にするのされるのは大事だと思います。
言わなくても伝わるとかいうのもあるかもしれないけど、言われなくちゃわからん事だってあります。
時には、お世辞であってもまあいっかって思ってしまう位なわけで、ある意味おめでたいんですけど。
まあ、いずれにせよクライアントに喜ばれて嬉しかったという類の話です。
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クライアントにとってのリスクってのは何か。
ディールブレーカーになる点を把握して、そいつをしっかりとおさえるってのがいい仕事だと思いました。
ある方々は、上辺というか一般論というか一言でいえばクライアントに届いていないプレゼンをしていました。
それの何がダメだったのか、他山の石のつもりでケーススタディしておきたいです。
1.プレゼンのページを何度も繰らせない
2.サマリーだけ話す
3.リスクをピンポイントでつぶしていく
4.ある程度の道筋は立てながらも、クライアントに質問させ双方向のやり取りをする
1万行を超えるデータをエクセルで操作しようとするとめちゃくちゃ時間を食いますし、PCへの負荷も半端じゃないです。
とはいえ、Accessはさっぱりわからないし。
時間があればAccessの使い方を学びたいが、独学でやるのはめんどくさい。
なんか、いい研修はないものか。
そして、その研修に送り込んではくれないものか。
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梅田氏の本、買いました。
スキマ時間を見つけて買いに行き、しかしまだ全然読めずです。
全部読んだら感想書こうかなと思います。
大企業というのは、長い歴史の中でいろんな事業に手を出していたりしますが、不採算のものも多かったりします。
コアコンピタンスに資源を集中するべく、枝葉の事業はリストラされたり。
一番いいカタチは、その枝葉をコアとしてやっている企業へ売却すること。その方がみんなハッピー。
一番ダメなカタチは、単純に撤退して人員も削減すること。これだと全部ゼロになってしまう。
枝葉事業の切り売りはまだまだ続きそうです。
そして、そういう事業は規模も小さいので、新人MAバンカーにはちょうどいい大きさだったりします。
ここんとこ、「値上げ」がすごい勢いで起きてますね。
電気等のエネルギー、食品、タクシー、資源系
Googleニュースで値上げと検索すればたくさん記事が出てきます。
つい5年前まではデフレと言っていたのが何だったんでしょう。
結局のところ、経済は長期的にはデフレになるわけないってことなのでしょうかね。
短期的にはデフレというか過度のインフレの反動でデフレらしき現象は起きても、長期的にはインフレなのかな。
私は、マクロ経済というか、大きな枠組みで経済を把握するっていうのはあまりしてこなくて、学部は何だったのよと突っ込まれそうなんですが、まあミクロ的なところばかりやっておりましてね。
直感的には、付加価値の名の下に「利潤」がある限り、デフレにはなりようがないのだと思ったり。
ブツは有限で、利潤が毎期付いていくなら、全体的には供給が制限要素になって価格は需要に押し上げられるのではないでしょうかね。
たとえてみれば、どうあがいても、石油はなくなるはずってのは大方の見方なので、有限の資源の価格は無限の需要があれば超長期的には価格は上がるしかないのではないかね。
有象無象の買い手も利潤により資金を蓄えられるから、オークションじゃないけど価格はつりあがっていくのではないかな。
仕事の上ではせいぜい業界動向とかしか見ないけど、大きな視点で世界の経済がどうなっていくのかを考えてみるのは結構面白いと思うのですがね。
いずれにせよ、それには思考のツールが足りないかもしれない。
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中間決算ラッシュが始まりまして、過去最高益を見込める企業がわんさか出てきていますね。
でも、労働者の賃金がそれに見合っただけ上がったかといえばそんなことはないです。
なぜって、日本の場合、労働者の賃金はほとんど固定費だから、粗利が増加すればするほど利益が増えるのが大半の企業の仕組みだからですね。
そんなわけで、過去最高益を含めたカタチで企業内には利益剰余金が貯えられます。
その剰余金は誰のものなの?といえば、もちろん株主のものです。リスクマネーを供給した結果としての果実ですからね。
株主は利益剰余金の処分権限を持ち、債権者は利息を受け取る権利を持ち、両者とも企業にとっての貸方側を提供している資金提供者なんですけど、この人たちが資本主義ではエライというか権利を持っているわけですね。
金のために働くか、金を自分のために働かせるかっていうのが資本家と労働者の違いなんですが、労働者である人たちは働く目的はいろいろあるけどその中に「金のため」というのが無いというのは奇特な人だと思いますし、それは欺瞞なんだろうと思います。
「金のため」に働いていない労働者はホンネベースではいないはずです。というのも、ある程度の金がなければ生きられないのですからね。
M&Aの世界をみてると株主ってホント「エライ」人たちだと思います。
投資してその果実を受ける。果実は労働の対価じゃなくて、投資の対価ですから労働者とは全くスタンスが違います。
良いか悪いかは別として、制度がそうなっているのだからそれに上手く乗るのが第一義的には大事だと思うのです。
ある程度余裕がある状態に行かないと考える「余力」すら常人には持てません。
とはいえ、世界中の皆が資本家になれるわけはないですよね。
ある程度の労働をしてくれる人がいなければ、動く手足として経済を回す人がいなくなっちゃうわけですから。
お金は経済の血液だと言われたりしますが、実は労働だって経済の血液なはずなんですね。
例えてみれば、お金は赤血球で、労働は白血球ってところでしょうか。
どっちか片方だけになっても人が生きていけないように、経済も回らないと思うのです。
そういう意味で、格差社会とか話題にする以前の話で、格差がというか「差」はあるに決まってます。
資本家が良いと思っても、彼らにはそれなりの苦しみがあるかもしれないし、まあ両方経験してみなくちゃわからないのですが、案外労働者でも良かったと思う人もいるのかもしれません。生きるために仕事をする必要が無くなった人の気分てのはどんなもんなんでしょうかね。
いずれにせよ、考えて予測するだけじゃわからなくて、経験しないとホントのところはわからないもんですな。
といっても、資本家になるとか未知の領域ですが。。。
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